まずヤクザ公務員が子供に入れ墨見せてびびらせてた事件が事の発端だということを 忘れてるだろ変態。
そのヤクザ公務員がどうやって採用されたのか?そこが問題。
— 痛いニュース(ノ∀`) : 毎日新聞 「昔の日本人は皆入れ墨をしていたらしい。なら入れ墨の無い者は当時の役所をクビになったのか?」 (via ittm)
(via yaruo)
GW中、チームの数名とアウディに乗ってドライブへ出かけました。そこで感じたのは、彼らはクルマ離れなどしていない、ということです。「離れる」ということは、くっついたり、近づいたりするその前提がある話であって、そもそも近づいたことがない。未知の世界なのです。 彼らには原体験がない。クルマ好きの父親や、近所に住むちょっと不良で車高短グルマを自慢する友達の兄貴や、絵に描いたようなボンボンで高級車を転がす大学のゼミの先輩・・・我々の世代はそういった身近なところから影響を受けクルマへの興味をもちはじめたはずです。大げさかもしれませんが、それはきっと“文化”の伝承だったのです。 — 男子学生が「ヤマグチさん、僕達はクルマなんか要らないんです」と直言:日経ビジネスオンライン (via tnoma)
(via tnoma)
幼児は自分が嫌な気持ちになった時、それを表現する言葉を知らないと、物にあたったり、痛みを感じたりしてその感情をなくそうとしちゃうの。だから保育者は、例えば子どもが喧嘩したら「痛かったね、悔しかったね、悲しかったね、辛かったね」ってたくさんの言葉を使って教えないといけない。 — Twitter / @lisakgmn (via nun)
(via kotoripiyopiyo)
ベストラップの都市伝説
ちとやることが多くて時間が開いてしまいました。みなさんお待ちかねの都市伝説の時間です。今回の都市伝説はベストラップ、広い意味ではタイムの向上について。現役ドライバーだからこそ言える都市伝説をお届けしましょう。
「ベストラップ更新した」「タイムアップした」その反対も含めて、サーキット走れば良し悪しは別にしてタイムが出て、そのタイムで一喜一憂する人は多いでしょう。オレもニュルに行けばそういう立場です。
タイムっていうのは本来とっても判断が難しいものです。サーキットは地球にあって、地球には環境の変化がある。雨も降れば風も吹くし、気温の上下もクルマに大きな影響を及ぼします。というのが大前提。
レースの話をすると、レースでは多くのマシンが一度に走ることで、路面のコンディションが良くなって、練習では全く出なかったようなタイムが出ます。いわゆる「路面にゴムが乗る」というヤツです。
そんな千変万化していく環境の中で可能な限りマシンの限界を引き出し、同じレギュレーションで人よりタイムを出すからこそ、レーシングドライバーなんてプロ制度もないアヤシイ職業がみなさんに認めてもらえるわけです。
だから同じサーキットでも日によってタイムが違うなんて当たり前。タイムの上下がそのまま上手い下手の差だと思っているなら、それは間違いです。
レースでは練習で何秒出そうが、順位のつく予選と決勝で人より速くなきゃダメ。それはイコールコンディションでなければ意味がないとみんな知っているからです。雨が降ったらベストラップは当然更新できないけど、ウエットのポールポジションはドライ以上にオトコの証明だったりするし。
真夏のレースなら当然タイムは出ないし、仙台ハイランドは路面の影響で予選よりも10秒近く遅いペースになったんだけど、無線で「これ以上プッシュするとタイヤが終わるんですけど」「みんなこんなもんだからOK」なんてことがあったなあ。
レースでの速さとは同じルールかつ同じ環境で人より速いことなのですよ。
一方、走行会などでのタイムとは、大まかに「運転技術向上の目安」でしょう。
タイムが上がるのはうれしいことだし、サーキットで出来た友人とタイムを競うのも楽しいでしょう。「レースがはじまったのは、この世に自動車が2台できたときからだ」(出典忘れました)なんて言葉もあることだし。
たーだーし! 「タイムだけ」を追いかけてはダメなんですよ。それはつまり上に書いたように「環境」が変わるから。前提条件が違えばタイムもヘチマもありません。タイヤが減っても気温が変わってもタイムは変わります。タイムなんてそんなもんですよ。
そこんところを無視して「ベストラップ更新」なんて喜ぶのは有害あって一利ナシ。ただの勘違いです。気のせいです。
そもそもベストラップ自体がいい加減な場合もあるんだよね。
例えばコーナーひとつでコンマ2秒の誤差がある人の場合、1周で10個のコーナーがあるとしたら、10個全部イマイチだったら2秒のロスで、5個イマイチだったら1秒のロス。
でも5個イマイチといっても、毎周同じコーナーってことはありません。1コーナーは上手くいったけど2コーナーは失敗したとか、次の周はその反対に1コーナーは失敗したとか、毎周誤差があったりなかったりしながら、1周のタイムとして数値化されるわけです。
そーすると、いい走りをした周にタイムが出たっていうよりも、いっぱい走った中でたまたま失敗の少なかった周がベストラップってことになりませんか。それじゃ実力というよりも確率の問題じゃん。数撃ちゃ当たるってことね。
そんなんで喜ぶのもアレだし、何よりタイムが出なかったときに落ち込むのがもったいないよね。もともと走るだけで楽しいはずなのに、タイムが出なかっただけで全部否定されちゃうなんてアホな話です。
なぜそうなるかというと、それこそが数字という「記号」が持つ魔力、まさに魔の力なんですよ。
人間はハッキリ白黒出るだけで、それがいかにも論理的で正しいモノのように感じてしまうものです。タイムアップとスキルアップを混同している人は、そんな記号の魔力にとらわれてしまっているのですよ。
サーキット用のサスキットやSタイヤを買う財力を自分のドライビングスキルだと勘違いして、行きつく先は高すぎる維持費と、しかもサーキット以外は不快で走れないクルマです。だからバランスを考えない軽量化もダメだし、エアコンを外すなんてもってのほか!
だいたいクルマを速くしてタイムが上がるのは当たり前じゃん。タイムが出なかったら恥ずかしいだけ。喜ぶとかいうレベルの話じゃありません。
クルマは物理の法則にしたがって走るもんですから、モノのタイムアップはいずれ限界が来ます。最初のうちはタイムが上がるとしても、いずれ頭打ちになります。際限のないタイムアップは100%あり得ません。
頭打ちになったところで維持費がツラくなるか、無理してタイムを出そうとしてクラッシュして終了。よくあるパターンです。それってクルマを楽しんでるとは言えるんでしょうか。
タイムに捕らわれずに「楽しい」とか「乗りやすい」とかを一番大切にできるのが、自分のクルマでサーキットを走ることのメリットだと思うんだけどね。レーシングカーに乗ってるオレが言うんだから間違いないって。どうでしょうかみなさん。
だからクラゴン部屋でいつも言ってるのは、タイムアップはドライビングで。スキルアップの結果としてタイムは自然に出るものです。
上手くなるってのは、つまり高いコーナリングスピードでコーナーをクリアできたりすることでしょ。ブレーキだって短時間だパシッと決められれば、早く加速に移ってタイムが上がると。
無理をしなきゃ危なくもないし、何よりチューニングと違ってドライビングを変えるのはタダだから(笑)。
好きで始めたクルマ遊びなんだから、長く楽しくやりましょうってことで。タイムだけでクルマをウンヌンする人の話は、人面犬もしくは口裂け女の話だと思って聞き流すのが吉です。
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2009年10月17日
7分27秒の都市伝説
ニュル第2弾を目前にひさしぶりの都市伝説にいきませう。
ちょうど去年のニュル展のときだったかな。R35GT-Rをポルシェが買ってテストしたら、タイムがぜんぜん出なかったという話がありました。それに対して日産が公式に反論したとかしないとか、なかなか楽しそうな展開になってましたっけ(笑)。
R35GT-Rのタイムが本当かどうかはわからないし、検証のしようもありません。レギュレーションの決まったレースではなく、プライべートテストだからね。ホントかもしれないし、チョンボがあったのかもしれない。それはわかりません。
オレがこれまでに乗ったニュル最速車のBMWM3は、オールドコースだけで計測してだいたい8分10秒。ちょっとプッシュすれば軽く8分は切るし、乗り慣れれば7分45秒か40秒くらいは出るでしょう。軽油プレイで2周しかしてないから(笑)、キロ1秒ゲインすると思えばだいたいこんなもんかな。
なんだそんなもんかと思っちゃいけません。
レースのときはグランプリコースの2分弱をプラスして9分40秒。このタイムは、2009年のニュル24hレースでSP6クラス2位のM3の決勝ラップより速いくらいなのですよ。
市販車でレースカーのBMWM3より速いようなバケモンは、都市伝説も同然です。
8分だって7分50秒だって40秒だって30秒だって同じ。そんなクルマのパフォーマンスをどうやって引き出すんですか。そのレベルで2秒上がったとか3秒上がったなんていわれても、知ったこっちゃないって。
それにコース全長が長ければコースコンディションによってタイムに差がでるわけで、コンディションの違う日に速いだ遅いだなんて素人じゃあるまいし。タイムってのはそういうもんです。
ニュルブルクリンクのタイムを筑波のタイムと混同しては、そのクルマの本当の価値を見失ってしまうことでしょう。
でもオレとしては最速対決はぜひ続けて欲しいと思っています。ニュルで最速っていうんなら、テストドライバーの1人や2人や3人は殺す覚悟はあるんだろうし、そこまで気合いを入れてクルマを作ってくれたら嬉しいな。
オレなんかニュルでまだタイムアタックできませんよ。そんなことしたら死んじゃうって。みんなニュルのヤバさを甘く見てるよね。
GT-Rの本当の速さを証明するには、四の五の言わずにニュル24hレースに出ること。今年アウディがR8でマンタイポルシェに真っ向勝負を挑んだように、同コンディション、同レギュレーションで雌雄を決するほかありません。
これなら誰だってイチャモンつけらんないんだから。
というのも、オレが向こうでよく聞かれるんですよ。「ニッサンはなんでGT-Rを出さないんだ」って。「○○○だから」って答えてやると向こうのヤツもニヤッとして笑えるんだけどさ。
向こうで速さを認められることの難しさは、オレはたぶん人よりは知ってるんじゃないかと思います。だからこそ、逃げも隠れもせずに正面切って勝負に出て欲しいと思っています。それで全力を尽くして負けたら素晴らしく見事なオトコっぷりじゃないですか。もうキンタマついてるかどうかっていうレベルの話だな(笑)。
でもポルシェはキンタマついてるかどうかって話をしてるんじゃないの?
オレは日産のオトコっぷりを見たい!!
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今回のテーマは「ブレーキを残す」について。
コーナー進入で曲がりやすくするようにフロントに荷重を移すために使う、とされているポピュラーな手法のようです。それが果してホントにいいかどうかっちゅー話ですな。
この手の話の前提条件としてはちゃんと速く走れる人が言っていることであること。遅い人が「ブレーキを残すのがいい」といっても、ブレーキ踏んでばっかりだから遅いでしょ、という話になってしまいますので。ちなみにレースの世界では地方選手権のチャンピオン程度では速いとはいいません。
ブレーキを残す効能とされるものについてまとめてみましょう。
・フロント荷重になる。
・フロントタイヤのグリップが上がる。
・フロントの反応が良くなって曲がりやすくなる。
こんなところでいいでしょうか。
ところが…です。
■摩擦円
タイヤの能力には限界ってもんがありまして、ブレーキを残す=コーナリング中にブレーキを使うと、タイヤの曲がる力をブレーキに使われてしまうんですよ。これを摩擦円理論といいます。
だからブレーキを残している時点で限界のコーナリングは不可能です。
ブレーキ→コーナリングに移行していくに従って、ブレーキを弱めてタイヤの力をコーナリングに使えるようにする。摩擦円でいえばコレが正解です。
■フロント荷重
フロント荷重っていうものアヤシイ話で、フルブレーキングが出来ていればもう前荷重になっているはずです。ブレーキングにタイヤの力をフルに使っていれば、そこからコーナリングをするためには、「ブレーキを抜く」方向の操作しかできません。
ブレーキを残したことで曲がりやすいと思った経験がある人は、まずフルブレーキングが出来ていないんじゃないですかね。
■クルマの安定度
クルマ全体の挙動で考えても、コーナリングとブレーキングを同時にするというのはとっても不安定な状況です。
ブレーキを残すというのはわざとその不安定な状況を作って曲げるというテクニックらしいので、コーナリングの成功率は下がりますよね。それを毎回成功させられるからプロなわけで、普通の人がチャレンジするにはハイリスクでしょう。
そもそもクルマが不安定だと高い速度でコーナーに入っていけないから、それだけでも遅いと思うんですけど。
■実はただの旋回制動
あとはただ単に旋回制動をしていることを「ブレーキを残す」と言っているような気もします。
レースをやってる人なら、人よりもいかに遅くブレーキを踏むかはとっても大切。その遅く踏んだブレーキの帳尻を合わせるのが旋回制動なんですよ。腕の差が出るところでもあるので、強調して説明する人もいるでしょう。そこを真に受けると「ブレーキを残すのが速い」みたいな話になっちゃうんじゃないかな。
ここでのブレーキを残す=「減速」です。荷重のコントロールがメインじゃありません。レイトブレーキングが前提の話なので、もちろんハイリスクです。
速度と荷重の両方のコントロールをしてるのに「ブレーキを残す」だけで片付けちゃうのはあまりにも雑な話だとオレは思います。
■フロント荷重にしないでアンダーは出ないか?
コーナリングの失敗は、ほとんどがオーバースピード。その次がステアリングの切り遅れ&雑なステアインによるスリップアングルのつきすぎ。速度とターンインのポイントを誤った自分の判断を反省しましょう。
■まとめ
いやいや素晴らしいまでの見事な都市伝説っぷりじゃないですか。あんまりホントのこと過ぎてコメントが少なそうですが(笑)。
好き勝手に書いておりますが、ドライビングスタイルは千差万別で、例えば2006年のF1でミハエル・シューマッハとフェルナンドアロンソが全く違う乗り方をしていたように、唯一無二の正解はありません。
そのアロンソは、タイヤがブリヂストンになったマクラーレンでは、ミシュランだったルノーとは全く違うドライビングをしてました。どっちもこの目で観たから間違いありません。
クルマによってドライビングが違うのは当然だし、タイヤやセッティングによってもドライビングは変えるべきものです。
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みんカラはクルマ好きな人が多いってことで、どーでもいい話はあっちにして、ここではクルマについてちょっと考える話で行きましょうか。
第1回目は「家族がいるからミニバン」にモノ申しましょう。
はい、オレはミニバン嫌いです。レーシングカー大好きなんだから、運動性能の低いクルマは嫌いで当然。何の問題もありません(笑)。
そもそも、ミニバンはオレが子供のころはなかったけど、家族は昔からあります。だから家族がいる=ミニバンというのがまず間違い。確かに乗る人数と荷物の量も考えなくていいし、いざとなれば荷物入れにも使えて便利だけど、その便利さって使えるっていう意味よりも、アタマを使わなくていいからラクチンって意味でしょ。人間なんだからアタマを使って工夫して、好きなクルマに乗り続けるべきだとオレは思う。
しかも子供は当時よりも減りつつあるわけで、バカでかくてカッコ悪くて運動性能の低いクルマがホントに必要かどうか、考え直す価値はあるでしょう。
あ、バカでかくてカッコ悪いっていうのは、あくまでも個人的な意見ということでひとつよろしく。運動性能が低いのは事実だから。
重い車重、空気抵抗バリバリの前面投影面積の大きい車体、そしてオートマとくれば環境にいいわけがありません。それでいて、燃費を良くするために「ふんわりアクセル」なんて反社会的なコトを言うのがいるから始末が悪いんだ。もともとミニバンは重くて鈍くて遅いんだから、しっかりアクセルを踏まなけりゃ渋滞の原因になります。
そして渋滞の燃費が悪いのはご存じのとおり。確たる理由のないミニバン選びが、時間のロスと環境への負荷を生んでいるかもしれないのですよ。
家族4人なら4ドアインテRで十分。帰省したときにじーちゃんばーちゃんを乗せる必要があるなら、レンタカーでも借りて奥さんに運転してもらいましょう。
ミニバンが切実に必要な人は当然買うべきだと思います。でも「家族がいるからミニバン」を理由に買うもんだとは思いません。何の根拠もないのに市民権を得ているところに都市伝説の怖さがあるんですね~。
そして一番心配なのが子供たちへの影響です。
ミニバンしか乗ったことのない子供が、果たして将来クルマ好きになるか。それは無理な相談でしょう。もちろん、オレより年上のスーパーカー世代にだってクルマ好きじゃない人はいます。でも知ってて興味を持たなかったのと、興味を持つ機会を持つことすらできなかった、ということは全く違います。
ロードスターでオープンにしてるとき、近所の子供たちの目の輝きがすごいんですよ。コレは乗ってる人しかわからないかもしれないけどさ。そんな感動する機会がないまま大人になるなんて、かわいそうな話じゃありませんか。
若いうちにスポーツできるクルマを買えるギリギリの世代としては、この楽しい遊びを独占して終わりにしちゃいけません。次の世代にも楽しむ権利があります。
だから今ロードスターに乗ってる人は、子供たちの感性を育てるためにぜひ乗り続けてください。子供は正直ですよ。
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さて、今日の都市伝説は若者のクルマ離れという都市伝説。
同じ意見の人は多いと思うから、あんまり面白い話にならないかもしれません。まあとりあえず行きましょう。都市伝説というよりも実際にはもう離れてるのが事実かもしれません。ただ、若者が勝手にクルマに対する興味を失ったような雰囲気に見えるとしたら、まさに都市伝説といえるでしょう。
興味を引けるようなクルマを作れなかった、金と時間を使って維持するだけの価値を提示できなかった、その結果として興味が他のものに移るのを止めることができなかった。そこを考えないといけません。自分の価値観を押し付けるだけじゃ「最近の若いモノは」というお年寄りの文句と同じ。問題を解消するには世代間格差を考えることです。
じゃあ何が問題かというと、単純にクルマが高価になったことが大きな原因ではないかと思うんでございますよ。
○F9(1989年)…155万円 1010kg
○G6(1991年)…162万円 1050kg
○K4(1995年)…169万円 1080kg
○K9(1997年)…199万円 1070kg
○P3(2001年)…220万円 1190kg
○D2(2007年)…283万円 1270kg
あるモデルをこうして並べてみると、○F9の155万円なんて激安ですな。○K4までと比べたら○K9は高いけど、ここからがタ○プRです。○K4を買ってチューニングすることを考えたら○K9の199万円は超お買い得だな。そこから○P3を経て現行の○D2に至ると。
ここで考慮しなきゃいけないのは、対衝突安全やボディ剛性を上げるために車重と経費が増える要素があるということ。だからとにかく軽くて安きゃいいというのはとっても言いにくいことではあります。質を高くするには金がかかる。そしてクルマには携帯電話とは違って、高い安全と質が要求される。大変な話です。これがクルマを作る側の話。
一方、買う側の話もしなきゃいけません。オレもクルマを買う側です。
果たして今のワカモノのバイト代は、20年前よりも100万円高いモノを買えるだけ上がったか。新入社員の給料は上がっているか。そこが問題です。ご存じのようにごく一部の例外をのぞいて思いっきり下がってるわけで、○D2に限らず諸費用入れて300万円の買い物を多くの若者にしてもらえるかというと、いくら質を上げているといってもちょっと無理だと思いませんか。
衝突安全もボディ剛性もつまるところクルマを作る側の話です。ユーザーのために造ったものであっても、それをいくらで売るかはメーカーが決めることです。一方、持ってる金を携帯電話に使おうが、カノジョとのデートに使おうがそれは消費者の自由。今はゲーム機もあるし遊びには事欠きません。若者がロックンロールとバイクを目指した頃と違って、今はクルマにとって強力なライバルばっかりなんですよ。
高い値段で手が届きにくい存在にしておいて、さらに家族向けを強調する実質移動式物置ばっかり造って、しかも他に遊びはいっぱいあるのに、若者がクルマに興味を持つと思ってたらそりゃ馬鹿にしすぎってもんでしょう。
ちょっとがんばれば手が届いた世代が、自分の若い頃を思い出して若者のクルマ離れが、なんて言っても残念ながら無意味なんですよ。今はそうじゃないんだから。
ではどうすればいいか。
軽くて衝突安全をクリアして、しかも安いクルマを作る技術を開発する。そして若者の収入に合ったクルマを造る。その結果として発生する乗り越えなきゃいけない問題は、技術者のみなさんに知恵をふりしぼって乗り越えてもらおうじゃありませんか。それが仕事なんだから。初乗りマシンで1周目からニュルを全開で走って、しかも地元のドライバーとタイムを比較されるよりは無理難題じゃないでしょ。
カッコだってスポーツカーじゃなくていいけど、例えばインテやシビックくらいはスポーティに見えないと。ハッキリ言ってコンパクトクラスなんか若者が乗るカッコじゃないので、FィットとかVィッツとかMーチとかDミオは安いじゃんなんてくっだらない意見は却下。
クルマにしかない魅力は間違いなくあります。今大切なのは手が届くようにすること。こんな時代だからこそ、今までにない手法で取り組むべきだとオレは思います。
欲しいクルマを買える値段で出してくれれば、好きなヤツは勝手に遊び始めるんだから(笑)。
— 若者のクルマ離れという都市伝説|クラゴンの親方日記 |ブログ|クラゴン親方|みんカラ - 車・自動車SNS(ブログ・パーツ・整備・燃費) (via petapeta)
「嫌ならやめろ」と言うのは許されるのに、「嫌だからやめる」は甘えと見なされる矛盾を誰か説明してください —
2011-10-06
(via atm09td)
(Source: katoyuu, via kotoripiyopiyo)